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@大悦楽号
投稿者:四日市ケーブル 投稿日:2009/06/01(月)20時11分10秒 ■ ★
ひとりのユーザーとして言わせてもらえば「節度を守ってこそポルノ」に対しては
R-18タグの存在がすでに節度であるという認識である。
エロ絵が溢れることに対しては気持ちが悪いとも思わない。見慣れた風景であり、ふるさとの風情すらある。
「お前は異常である」と言われれば「我々の業界ではご褒美です」とテンプレートを返すしかない。
オタク諸氏におかれましては
このようなルナティック・キモイの気分はとてもとても一般性をもっており
pixivがオタク・イラスト・サイトの延長上に属しているうちはともかく
「イラスト」によるSNSとして広まれば広まるほど気持ち悪がられることは、当然と認識しておくべきだろう。
今さら「100万人の宮崎勤」扱いされることはあるまいが
オタクが気持ちが悪くアニメが気持ちが悪くエロが公共性を持たないことは
言葉や理屈としてではなく、深く精神に刻み込むべきだろう。
さらに私見、私感、ただの思いつきで言わせてもらえば
脊椎反射で「愛がない」「敬意がない」だという人には愛も敬意もない。
あるいは現在、愛だの敬意だのは限りなく軽くなっている、のだと思う。
ただの一般常識や批判のテンプレートにならった反感の反応であって
その言葉にたいした意味は存在しないのではないかと常に疑っている。
ネットは誰もが言葉を放てるが、
今回の例で言うなら
POP*2.5の中の人のイラストをみて発火した感情が
何に基づくものなのか、どうしてそのような気分が生まれたのか考え
言葉として組み立てなおしてみて、
言葉と真剣に向き合って
自分の考え、意見を適切な言葉で表現できているだろうか、と考える人間がどれほどいるだろう。
ほとんどのインターネットユーザは感情の発火から、批判のテンプレートへ直結しているのではないだろうか。
ここにあって重要なのは批判者の放った感情の種類であり、その言葉はどうでもいい。
と、常々感じている。
で、なんでPOP*2.5の中の人のイラストは反感を買ってしまうのだろう?
(ちなみに俺は二次創作にあたって愛や敬意なんて必要ないと思っている)
(行為そのものがすでに愛だから)
(たとえ見る側がどう受け取ろうとも)
(律ちゃん・・・)
(律ちゃん・・・)
(律ちゃん・・・)
(俺の・・・魔理沙・・・)